先日書いた「セカンドヴァイオリンの機能」について、なんとなく気づいたことがある。
一般的にセコバイにこういう機能がある、というのはたぶんあまり正しくない。自分が書くから、そういう側面が強調されるんだろう。合奏だけじゃなくて、仕事も同じようにしてこなしてるところがある、ということに気づいた。
15年以上セコバイを中心に弾いているせいでそういう人格傾向が強化されたのか、もともとそういう傾向があったからセコバイを弾き続けることになったのか。どっちが原因でどっちが結果なのかは分からないけど、強化しあっていることは間違いない。