うちの博物館に来る質問は、たいていは気軽なものなので、「これは何という植物か」と持ち込まれるものも、見ればすぐに名前が分かることが多い。即座に分からない場合でも、たいていはそのへんの図鑑をめくれば載っているので、答えるのに1時間もかからない(ただし、図鑑をめくる時間が確保できればの話)。
しかし稀に、大ベテランが熟考の末に標本を持ち込んで来られることがあって、これがものすごく難しい。なにせ、ベテランが図鑑や文献などを調べても名前が判明しないから相談に来られているわけで、ということはすなわち、分類学的な問題を含んでいて再整理が必要な分類群か、まだあまり知られていない新しい帰化種である確率が非常に高いのだ。
この手の質問は、質問というよりも調査の依頼であって、腰を据えて調べにかからないと答えが出ない。場合によっては、専門家が同定した標本やタイプ標本を見るために、東京や京都や筑波などへ行かないといけないこともあるし、その分類群の専門家にお願いして標本を見てもらう必要があることもある。そこまでやっても答えが出ず、分類学者による研究の進展を待つしかないこともある。当然、解決するまでに年単位の時間がかかる。
例えばCardamine valida様はそういう例だった。小守先生が当館に標本を持ち込まれた時点では、まだこの分類群は研究途上だったので、明快な答えを出すことができなかった。数年待ってやっと工藤先生たちの論文が出たので、ようやく名前を付けることができたのだ。そんな風に年単位でペンディングになっているものが、他に2種くらいある。
この12月に持ち込まれたもののうち、3件がその手の難問だった。ただ、少し調べてみたら、そのうち2件は偶然にもここ数年で分類学者による研究が進み、入手可能な範囲の雑誌に論文が発表されている分類群だった。となれば、私がやるべきことは、その論文を読んで理解し、持ち込まれた標本と比較し、必要であれば論文著者に標本を送ってお墨付きをもらうことである。
というわけで、冬休みの宿題が増えたけど、新しいことが勉強できてありがたくもある。もはや人に質問されないと論文を読む時間も取れない状態なので。あと、こういう調査の依頼は新たな発見の糸口であることが非常に多くて、真面目に取り組むと報文が1本書けるくらいの、けっこう面白い結果につながることもある。ちょっと楽しみ。