「きみのためのバラ」(池澤夏樹、新潮社)読了。最近の作品かと思ってたけど、1996年から2007年までに書かれた8本の短編を集めた本だった。そのせいなのかどうか、1つ1つが丁寧にきちんと立っている。
物語の成り立ち方が云々、と先日書いたが、短編でも同じだ。描きたいテーマが明確で、かつ非常に抽象的。かと言って、とってつけたような物語にはならないところが最大の魅力。順序としては、1.何か非常に個人的で重要な体験がまずあり、2.それが抽象化・観念化を経て描くべき主題となる。3.主題をくっきりと浮かび上がらせるために、物語が再構築される。という風ではないかと想像する。
まあ、この順序自体は全く珍しくもないかもしれない。とすれば池澤夏樹の独創性は、選択される主題と再構築の手法にあるのだろう。物語から必然的に観念が滲み出てくる感じが快感である一方で、非常に鮮やかな視覚的効果をもたらす描写も魅力的だ。その両立ぶりというか、完成度の高さが、池澤夏樹の小説を読む理由なのかもしれない。言葉にこだわらないわけではないが、言葉に淫するところがないのも純文学ではどちらかというと珍しい。
一番気に入ったのは「20マイル四方で唯一のコーヒー豆」かなあ。「連夜」は「マリコ/マリキータ」の中の「アップリンク」と同じテーマだけど、「連夜」の方が物語としてより楽しく読めた。あと、「花を運ぶ妹」のカヲルさんに思いがけずもう一度会えたのが、すごくうれしかった。