津波をかぶって壊れてしまった陸前高田市博は、私の中で「放課後博物館」の一つの理想形として記憶されている。学校帰りの小学生が裏口から博物館の作業場へ気軽に入って来て、捕った虫を学芸員に見せたりしていた。こういうスタイルが取れない県立の博物館は、だから「敷居が高い」と言われるんだなあと悔しく思ったことを覚えている。
海と貝のミュージアムも、地元の学生との密接なつながりを作っていた。地域の人たちと博物館とのつながりが、関係者のたゆまぬ努力で作られ維持されていたことは、生態学会和文誌の連載記事「博物館と生態学」の中で、熊谷さんが書いてくれたこの記事を読むとよく分かる。
CiNiiの該当論文題目「大学生が育てたミュージアム」へのリンク