わりとよく誤解されているが、実は物理的に「絶対に正しい音程」などというものは存在しない。なじかはしらねど、人間が気持ちよいと感じる音程は、場合によって異なるからである。和音が美しく響く音程でメロディーラインを弾くと、明らかにおかしい・気持ち良さが足りないと感じることがあり、和音向けの音程は純正音程、メロディー向けの音程はピュタゴラス的あるいは線的音程と呼ばれたりする。また(上記2つの中間的な音程にあたる)平均律で弾くと平板に聞こえるメロディーが、適切な線的音程で弾かれた場合には非常に人間的に響くことがある。純正律と線的音程と平均律の3つが完全に一致するのは、音程が1度(同じ音)と8度(オクターヴ)の倍数の時だけである。つまり「正しい音程」とは、その場その場にふさわしい音程ということでしかない。
さてそこで四重奏を含む弦楽合奏についてなのだけれど。合奏になれば「ふさわしい音程」は決まり易いかというと、実はこれがけっこう難しい。合奏では要所要所で純正律による和音が美しく響かなければならない。また弦楽器奏者は、楽器の特性から特にいくつかの音について純正を好む傾向が強い。しかしメロディーを弾く人は、和音を無視してでも線的音程を優先すべき場面に頻繁に出会う。メロディーを受け持つ人のみが線的音程で弾き、伴奏を受け持つ残りのパートは純正音程で弾く、というようなこともよくある。では分散和音的な旋律の時はどう弾くのか、あるいは対位旋律はどう弾くべきなのか?音程には膨大な組み合わせがあるので、どんな場合にどちらを優先すべきかは、わずかな例外を除いておそらく定まってはいないだろう。プロでもほとんどの人は感覚でやっているはずだ。1曲に含まれる何千という音のそれぞれについて、理論的にふさわしい音程を意識的に選んでいくなどという作業が現実に可能とは思えない。
ある場面でどの音程がふさわしいかを選ぶ感覚は、民族によっても音楽教育のシステムによっても少しずつ変わるらしい。極端な話、音程選択に関する特性がその楽団の個性ともなりうる。
ただしピアノが入ると話は別。ピアノの音程破壊力は理論に勝り、他の楽器はほとんど常にピアノに服従しなければならないのです。
という話を、世の中に「絶対に正しい」ことなどない、ということの例としてよく考えます。