2011年3月11日の大津波被害に遭った土地で宮脇昭氏が推進する植樹運動(「緑の防潮堤づくり」)については様々な問題がある。すでに指摘されている部分もあるし、これから出てくる議論も多いだろう。
 現在のところ、生態学的な問題について簡潔に指摘する文章が少なく、漠然とながらも疑問視する声を多く聞く。そこで、この運動で植えられている樹種の問題点についてだけ、少し整理してみた。まず宮脇氏の著書を読み、講演やシンポジウムでの発言を聞き、岩手県内の事例について知識を得た上で、明らかと思える問題について整理した。もちろん、他に問題がないわけではないが、それは他の人が指摘してくれると期待している。

0.行われていること
 宮脇昭氏は、太平洋沿岸地域について、岩手県宮古市付近に線を引き、線の南側は常緑広葉樹林帯、北側は落葉広葉樹林帯であるとする。この説に依拠して、宮古市以南で植樹をする時にはタブと常緑カシ類を主体とする常緑広葉樹を植え(宮城県以南はこれにシイを加える)、宮古市より北ではミズナラなどの落葉広葉樹を植えるべきである、としている。
 実際に宮脇氏らが2012年春に宮古市より南に位置する大槌町で植えた高木樹種は大半がタブノキで、一部が常緑カシ類であった。他に常緑性の低木とヤマザクラなどが植えられた。一方、宮古市より北の普代村で植えたのは、ケヤキ等の落葉樹だったようだ。ちなみにいずれの場所も海岸ではなく、少し内陸に入ったところである。

このことについては、大きく分けて、1.樹種選定に関わる理論的な問題と、2.苗木確保に関わる実践的な問題があると考える。

1.樹種選定に関わる理論的な問題
(1)歴史性の軽視
 植樹する種の選定について、宮脇氏は「これがこの土地本来の森だ」「次の氷河期までもつ森だ」というレトリックを使う。普通の人は「専門家の方がそう言うならばそれが正しいのだろう」と信じてしまうが、ここで言う「土地本来」とは、一体どのような意味なのか。
 非常に重要なのは、宮脇氏は「土地本来の森」がかつてその土地に存在したとは決して言わないことである。人為を完全に排した場合、何百年か後にその土地に成立するであろうと宮脇氏が考える植生、それが潜在自然植生である。過去にどのような植生がその土地に存在したか、という歴史的な視点は、未来志向の潜在自然植生の理論にとってはほとんどどうでも良いのだろう。
 大槌町に植えられたようなタブノキに常緑カシ類が混じった組成の森が、かつて岩手県域に存在したという証拠は全くない。岩手県では、山田町以南にタブノキを主体とする林が点々とあるが、かなり原生的な植生であっても、そこには常緑カシは見られない。自然分布と思われる常緑カシ類は、陸前高田市のスギ林の中に小規模なシラカシの個体群がある1例を除いて、発見されていない。
 かつてその土地に存在した証拠のない森を大規模に造成することについては、環境倫理的・環境保全的な観点から、否定する人が大勢いるだろう。
(2)科学的根拠の非開示
 もう一つの問題として、宮脇氏がどのようにその「潜在自然植生」を決めるに至ったか、論拠として客観的に検討できるような観察事実や論考が示されていないので、第三者が科学的な批判を行うことが困難である、ということが挙げられる。
 シンポジウムの中で、宮脇氏は樹種選定の根拠として「タブ・シイ・カシ林の子分であるマサキやヤブツバキはもっと北まである」というレトリックを使われた。しかし現代生態学の知見に基づけば、マサキやヤブツバキはタブや常緑カシ類とは独立に分布しているのであって、マサキやヤブツバキ青森県まで分布することが、常緑カシ類が大槌町にあったことの証拠にならないことは明らかである。固定的な樹種のセット(=群集)が実在するとする過去の植物社会学の理論は、現代の生態学では否定されている。そもそも地図に線を引き、線の南北で「極相」の種組成をたった2通りに分けるやり方そのものが、現代生態学的には大いに疑問があると言える。
(3)現存する生態系の軽視
 潜在自然植生こそが「正しい森」であるとして、いま現在その土地周辺にあるフロラやファウナを無視し(場合によっては破壊し)、画一的な種組成の森づくりを推進することには、保全生態学的な問題がある。現在あるフロラやファウナには、様々な観点からみて、守られるべきものが多く存在する。

2.苗木の確保に関する実践的な問題
 宮脇氏も、本来は植樹をする土地の近くに生えている個体から種子を集めることを理想としているようであるが、被災地で急いで植樹をする必要があるため、現在の「緑の防潮堤づくり」運動では、関東地方で採取した種子から育てた苗木を植えている。
 植樹と並行して、被災地周辺で種子の採集も行われているが、そもそも岩手県には生えない常緑カシ類、個体数が限られているタブノキなどの常緑樹を「土地本来の木」としているため、当然のことながら、地元では十分な数の種子を集めることができない。したがって今後も、関東地方からの種子の供給は避けられないだろう。
 タブノキのように、被災地周辺に野生残存個体群がある種については、大規模に植えた場合、野生個体群に遺伝的撹乱を引き起こす可能性も十分に考えられる。ヤブツバキやマサキなどの樹種も同様である。この点については、常緑カシ類のように付近に野生個体が全くいない種であれば、むしろ問題は少ない。

3.では何を植えるべきか。
 「正しい森」など存在しない。そこに暮らしていく人が、どのような森を眺めて暮らしたいか。どのような森を散歩したいか。どのような森で、キノコを採ったり、鳥や虫を見たりしたいか。どのような森を作って、そこにどんな観光客を呼びたいか。ということから考えるしかないだろうと私は思う。
 それは、何でも植えて良いという意味ではない。さまざまな観点から考えて避けるべきことや望ましいことは存在する。保全生態学や林学、防災や都市計画など、さまざまな観点からの意見を生かしてほしいと思う。